人物

中山泰秀の学歴と経歴!出身地や出身校の大学と高校などについても!

 

中山泰秀防衛副大臣のTwitterが中東衝突めぐる投稿で「炎上」しています。

どうやら中山泰秀副防衛副大臣は5月12日にイスラエルとパレスチナの衝突激化を受け、イスラエルにはテロリストから自国を守る権利があります」と自信のTwitterに書き込みました。

それが根深い中東和平問題でイスラエル側に肩入れしていると受け止められ、中山泰秀防衛副大臣のTwitterが炎上理由のようです。

そんな中山泰秀防衛副大臣とは一体どんな人物なのか気になります。

 

そこで、今回調べた内容はこちら。

・中山泰秀防衛副大臣の学歴!出身高校と大学はどこ?

・中山泰秀防衛副大臣の経歴!

・中山泰秀防衛副大臣の出身地などのプロフィール!

それではさっそく本題に入っていきましょう!

中山泰秀防衛副大臣の学歴!出身高校と大学はどこ?

中山泰秀防衛副大臣の学歴をご紹介します。

中山泰秀防衛副大臣は大阪府で生まれ、その後東京、そして海外へと渡りました。

 

中山泰秀防衛副大臣の学歴は以下の通り。

小学校:追手門学院小学校(大阪)

中学校:千代田区立九段中学校(東京)

高校:アルザス成城学園(フランス)

大学:成城大学法学部法律学科(卒業:1993年)

大学院:早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了(2010年)

大阪の有名私立小学校を卒業後、東京の区立中学へ進学し、高校はなんとフランスへ渡りました。

追手門学院小学校は、歴史も古く、お金持ちの家の子が通う印象があります。

 

中学は区立ですが、千代田区なので近くに議員宿舎なども多く、議員の子息も多くいそうなイメージです。

そして、高校はフランスのアルザス成城学園を卒業。

アルザス成城学園は生徒数減少により、2005年に閉校しています。

卒業生には女優の深田あきさんや宮崎瑠依さん、モノマネタレントの山口智香さん、政治家の羽田次郎さんなどもいます。

 

中山泰秀防衛副大臣は、大学卒業後、社会人、議員を経た後、早稲田大学の大学院も修了し、同年に電通に入社しました。

中山泰秀防衛副大臣の経歴!

それでは、次に中山泰秀防衛副大臣の経歴をご紹介します。

 

中山泰秀防衛副大臣は、成城大学法学部法律学科卒業後、電通に入社しました。

当時はまだバブル期真っただ中だったので、広告代理店はとても華やかな世界だったのではないかと思われます。

 

電通入社から3年後の1996年、衆議院議員総選挙に大阪から出馬しますが落選

それから4年後、2000年の衆議院議員総選挙も落選してしまいます。

翌年の2001年に大阪府議会都島区補選に自民党公認・保守党推薦で出馬するも落選

と、落選が続きました

その後、保守党から応援に派遣された小池百合子の政策秘書に採用されました。

 

晴れて衆議院議員に当選したのは2003年の大阪4区。

当選するまで、実に7年もの月日がかかっています。

外務大臣政務官に2度就任しましたが、2009年の衆議院議員選挙で落選してしまいます。

2012年に国政に復活するまでの間は株式会社パソナグループの代表取締役を務める傍ら、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了しています。

2014年に外務副大臣に就任。

2020年には防衛副大臣兼内閣府副大臣に就任しました。

中山泰秀防衛副大臣は、政治家一家なので苦労なく政治の道を歩んで来たのかと思いきや、初当選まで約7年もの月日がかかり、何度も落選を経験するなど、その道のりは険しかったことが分かりました。

中山泰秀防衛副大臣の出身地などのプロフィール!

中山泰秀防衛副大臣のプロフィールをご紹介します。

Nakayama Yasuhide

引用元:中山泰秀公式サイト

名前:中山 泰秀(なかやま・やすひで)

生年月日:1970年10月14日

年齢:50歳(2021年5月現在)

出生地:大阪府大阪市北区(出身地)

親族:祖父・中山福蔵

祖母・中山マサ

伯父・中山太郎

父親・中山正暉

家族構成:妻、子供:娘一人、息子一人

所属政党:自民党

当選回数:5回

現職:防衛副大臣 兼 内閣府副大臣

公式サイト:中山泰秀公式サイト

「炎上」している中山泰秀氏のTwitterはこちらから

 

まとめ

今回は、「中山泰秀の学歴と経歴!出身地や出身校の大学と高校などについても!」と題して、中山泰秀防衛副大臣の学歴と経歴について調べてまとめてみました。

Twitterで「炎上」している中山泰秀防衛副大臣がどんな人物なのか学歴と経歴でわかりましたね。

中山泰秀防衛副大臣は華麗なる政治家一家に生まれ、高校でフランスへ渡りました。

大学卒業後、広告代理店の電通を経て、政治家の密を目指しますが当選まで7年と苦戦しました。

衆議院議員総選挙に初当選した年に選挙ボランティアスタッフの女性と結婚し、一男一女の子供が生まれました。

それでは、今回はここまでとさせていただきます。

最後まで読んでいただきありがとうございました。